2016年12月30日

 見出しに「12月30日」と書きましたが、まだ29日です。
22時起床。グループの男性10人が10人部屋に収まっているので、一人がごそごそ始めればそれが起床の合図になってしまいます。登山の準備はすでに終えているので、水筒(魔法瓶になっているもの)をカゴに入れておきます。朝食(夜食と言うべきか)の間に給仕係のお兄さんがお湯を入れてくれるのです。
 軽い食事(おかゆ、そば)を取りながら血中酸素を計測すると、75しかありません。それでも69以下になってないので大丈夫という判断をされました。うれしい反面、これから辛いんだろうなあと思うと、ここでドクターストップもいいかなあと弱気になります。

 昨夕からの雨は夜のうちに雪になったようで、外に出ると10センチほど積っています。うわー、これは大変だあとドキドキしますが、添乗員さんは特に気にする様子もありません。(後で聞いたら、雪は止んでいたし、一晩中晴天に比べると気温も下がらず、コンデションは悪くなかったというお話。)
 外に出たところで、「プライベートポーター」とご対面。私にはアルフォンソという無口な青年がつきました。

 ここで、「プライベートポーター」というシステムについて説明しておきましょう。ポーターの皆さんは、私たちの荷物(7キロまで)や食材・水などを運搬する仕事です。ですから山頂アタックの日はお客さんが下りてくるまでキボハットでゆっくり休んでいればいいわけです。でも、どうせ暇だからお客さんの荷物(といっても、山頂アタック用なのでそれほど重くない)を持ってあげて、一緒に登るというアルバイトをやるわけです。50ドルくらいかかるのですから、結構な稼ぎになるでしょう。
 我がパーティーではほとんどのメンバーがプライベートポーターをお願いしました。(頼まなかったのは、たしか3人)私もどうしようか迷いましたが、彼らの収入に少しでも貢献しようと思い、お願いすることにしたのです。(結果的にこれで助かった。)

 アルフォンソは、ジャンパーに毛糸の帽子、ポケットに手袋が突っ込まれていますが、何も持っていません。「アルフォンソ、君は水なくていいのか?」と聞いたら、一言「大丈夫。」と小さな声で答えます。恐ろしや。彼らにとって山頂アタックなんて裏山に登るくらいのものかもしれません。高度順応も完璧でしょうしね。

 11時半出発。もともとのガイドに加えプライベートポーターもいるから、われわれ登山客よりスタッフの方が多い状態です。キボハットからは富士山のつづら折りのような斜面で、そもそもが小粒の砂利なのに加えて雪も積もり、あまり歩きやすい道ではありません。見上げれば先行するグループのライトの列がジグザグに光り、これから登るルートを示しています。
 現地ガイドとポーターはよくわからない現地語で「ウウウウーーラララアーー○▷※?□〜〜☆△◎〜〜」と歌い、続いて全体が「オオオオアウウーーラリハリラー!」という調子で声をあげます。せっかくだから一緒に歌おうと思って声を出したら、後ろについているアルフォンソに優しくそっと抱かれれました。これは「お前は出さなくていいよ。」と言ってるのしょう。たしかに声を出したら頭がくらくらしてきました。危ない危ない・・・。
 英語が話せるガイドたちは、「ドントスリープ! ユーアーストロングジャパニーズ! ライクアバッファロー!」などと声を上げながら上に行ったり下に来たり、とにかく動きます。「お前たちがバッファローだろうが。」と毒づきたくなるパワーです。

雪の山道を進む。油断すると意識が飛びそう。

 ハンスメイヤーズケープ(5150m)地点で休憩。アルフォンソは「マジ(水)?」と優しく聞いてきます。「プリーズ。」と言うよりも先に私のリュックから水筒を出して、お湯を飲ませてくれるのです。さっきは後ろから抱かれてしまったし、こうも優しくされると恋が芽生えそう・・。いや、実際はそんな冗談を想像するゆとりもなく、セーゼーハーハーピューピューハーハーと息を整えるしかありません。気がつけば空に雲はなく、満天の星空が手の届くところにあって、星に向かってハーハー言いながら登り続けます。意識も若干薄れてきました。ちょうど、飲みすぎてヘベレケなのに頑張って大丈夫なフリをしている、あの感覚です。
 仲間たちはというと、やっぱり苦しそうです。休憩時に座り込んでビシューズフォーと激しく呼吸している人もいます。ここまで14人のメンバー全員が残っていますが、そろそろ怪しい人が出てきたように思えます。

 いったいどれくらい時間が過ぎたのか、もはや感覚がありません。でも、もうすぐ山頂部に着きそうなのが、星空の広がりでわかります。一歩足を進めては2回深呼吸、そしてもう一歩と意識が飛ばないように気持ちをしっかり持ちながら、とにかく進むしかありません。

 そしてようやく「ギルマンズポイント(5681m)に到着しました。まだ最頂部ではありませんが、噴火口の縁までやってきました。まずは最低限の目標達成です。ここで、ガイドが自前の魔法瓶を取り出し、プワスチックのカップに甘い紅茶を注いで出してくれました。あったかい紅茶で生き返ります。見れば、ポーターの皆さんも一緒に飲んでいて、ちょっと安心しました。私についたアルフォンソは、ここで手袋をしました。(どういう感覚よ!)休憩中、やや具合の悪くなったEさんがガイドと話しています。「大丈夫か?」「かなり苦しい。」「見たところ、引き返した方がいいかもしれない。」「でも、行きたい。どうしても行きたい。」「お前の気持ちはよくわかる。それじゃ、僕がずっと付き添って、ダメだと判断したらそこで一緒に降りるよ。」そんな会話をして、Eさんはガイドに手を引かれてゾンビのように登っていきます。後で聞いた話だと、Eさんはこの登山の前に、職場の仲間から盛大な壮行会を開いてもらい、「絶対に登頂してきますっ!」と宣言して来たとか。仲間の思いが力になっているのは間違いないけど、仲間のプレッシャーで辞め時を失うリスクもあるなあと感じます。これを読んでいるみなさん、壮行会では「何としても登ってこーい!」じゃなくて「行くと決めて実行することで、もう大成功!登頂はおまけだと思って、楽しんで、無事帰ってきてね。」と声がけしてくださいまし。
 ギルマンズポイントからは、富士山で言うところの「お鉢周り」になり、右側に巨大な噴火口を見ながらの行程。ここからは楽だろうと思っていた期待を裏切り、岩場の間をすり抜けたり、小さな難所が続きます。ここから集団は少しずつ伸びてきて、私はEさんの後方を進みます。左の斜面を見ると、別ルートから頂上を目指す人たちの光の道が見えます。いったい1日に何人登ってくるのでしょう。

 そして、ステラポイント(5730m)に到着。まだ暗いので、写真は撮りません。というより、ここまで一度もカメラを出していないのです。山頂はあまりの寒さで、満充電したカメラでも数分で上電池切れを起こすという話なので、カメラは胸のポケットにホッカイロと一緒にスタンバイ中。

ステラポイント来た!ピークはさらに先。

 ステラポイントを過ぎたあたりから、少しずつ空が赤くなり、遠くに本当の山頂であるウフルピーク(5895m)が見えてきました。ここからはほとんど傾斜はありません。でも、とにかく酸素が薄いので一歩一歩が苦しいのなんのって、誰かをおんぶして歩いてるくらいのペースだから、山頂は見えるのになかなか着きません。目の前のEさんはフラフラしてるけど、まだ意識はあるようです。がんばれEさん。がんばれ自分。ゴールが見えてるじゃないか。あそこだよ、あそこまで行けばいいんだよ。頑張れ自分。

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氷河が美しい。

 アフリカ最高峰のウフルピークに到着。看板の前では、先に登頂した人たちが記念撮影をしています。我々も並んで順番を待ってメンバー全員で撮影。日の丸を持ってきた人がいて、それを広げて最高の一枚が撮れました。

アフリカ最高点で記念撮影。

 天気は晴れ。壮大な景色が目の前に広がります。小さくなったとはいえ、氷河も立派で、この世の世界とは思えません。頭の中では壮大な交響曲が鳴り響いています。息は相変わらず苦しいけれど、なぜか山頂では元気を回復します。きっとドーパミンやらアドレナリンやらが大量放出されているのでしょう。
 気持ちがハイになっているのは皆同じで、山頂の雪の上で裸になって撮影している若い西洋のカップルもいました。「イエーイ!」と叫ぶ彼らのヌードを見ながら、「ああ、若いって素晴らしい。」とちょっとだけ感じます。(でも、自分が若くても、あれはやらない。)
 山頂でカメラを取り出し、周りの景色や、アルフォンソとのツーショット、ついでに裸の若者などを撮りましたが、10枚ほどシャッターを押したところで電池が切れて予備バッテリーに替えて、帰り道の分を残すために数枚撮って終わりにしました。山頂の寒さ恐るべし。

 結局、頂上にたどり着いたのは14人中12人で、1人は5600m付近でリタイア、もう1人はギルマンズポイントで引き返したそうです。でもそれは後で聞いた話で、半分意識が飛んでいる私は、誰がいなくなったのか全くわかっていません。

太陽が出てくると、寒さが柔らぎます。

 30分ほど山頂でわいわいと喜んだら、すぐに下山します。空気が平地の半分しかないので、いつまでもここにいたら高山病で動けなくなるリスクがあるので、ガイドの指示でゆっくりゆっくり歩きます。傾斜も緩いので下りは楽ちんですが、呼吸は相変わらずピューピューと勢いよく吐かないとクラクラしてきます。それでも太陽が出てくると寒さも柔らぎ、なんとか無事帰れそうな気持ちになってきました。
 ステラポイントを通過し、ギルマンズポイントでひと休みして、最後はキボハットまでの急な下り。このあたりになると疲労の蓄積を感じ、呼吸ではなく筋力の問題で足が出なくなります。太陽の光ですでに雪は消え、細かなザレ場が続く道は、富士山の下りそっくり。

さあ、急いで降りましょう。
ダラダラ下りをステラポイントに向かう。
ギルマンズポイントまで戻ってきました。
ギルマンズポイントで休憩。
最後の下り。Mさんの荷物はポーターが背負ってます。

 11時、キボハットに到着。ここでアルフォンソとはお別れです。「ありがとうアルフォンソ。チップは下でやるからな。」というと、「ほいわかった。」と返事をして、スタッフ用の小屋に消えていきました。彼はこれから15キロの荷物を持ってさらに歩くのです。
 我々は、本来ならベッドで少し休んでから出発なのですが、これから雨が降る予報なので、食事をしたらすぐに出発するという指示が出ました。そうなんです。キボハットには泊まれないんです。もうひとつ下のホロンボハットまで降りなければならないんです。
 すぐに食事(おかゆとパン)を胃に流し込み、準備もそこそこに出発。ほぼ下り道とはいえ、一度エネルギーゼロになった身体はすぐには回復しません。すぐどころか、数日回復しないんじゃないかと思えるほど、ボロボロです。
 とにかく歩く。歩くしかない。予報通り途中からはけっこうな雨だけど、足をひきずって歩く。無理をして登頂したEさんは、もうほとんど動けない状態で、現地ガイドがリュックを持ってあげて、両脇を抱えて歩きます。私も「がんばれ、もうすぐだ。あったかい(実はあったかくない)ベッドが待っている。」と声援をおくり、一緒に歩きます。(実はこっちも気絶寸前)

 16時、ホロンボハット(3720m)に到着。一番長い1日が終わりました。着いたらすぐ食堂でお茶会。そして小屋に入って1時間ちょっと睡眠をとりました。これが気持ちよかったのなんのって、もう食事しないでこのまま朝まで寝ようかと思ったくらいです。
 食事前に起きてトイレに行ったら、ずーっと一緒だったドイツ人がいて、思わず「おはようございます。」と言ったら笑われてしまった。

 夕食時の血中酸素は、まさかの75。1000m高いキボハットと同じ数値が出ました。体がかなり参っちゃってるようです。登頂後のお祝いの食事なのに、まったく食欲がわかず、早く寝たい気持ちでいっぱい。でも、今日はメンバーのYさんの誕生日なので食後にケーキが出されるというセレモニーがあるので、頑張って最後まで盛り上がりました。

Yさんの誕生会。誕生日にキリマンジャロ登頂って、素敵!
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